写真・図版
朝日俳壇

うたをよむ 相子智恵

朝日新聞歌壇俳壇面のコラム「うたをよむ」には俳人の相子智恵さんが寄稿。八十代で現代俳句の第一線を歩み中村和弘さんの句に「生死の匂い」をかぎとります。

 加藤楸邨、田川飛旅子に学び、現代俳句の第一線を歩み続ける中村和弘。八十代にして、十二年ぶりとなる句集『荊棘(おどろ)』(ふらんす堂)が刊行された。

 人間の影こそ荊棘夜の秋

 表題句の〈荊棘〉は草木が乱れ茂る藪(やぶ)のことで、中村はそこに異様な様子を表す「おどろおどろしい」の意味も込めた。

 人間の影こそ異様だといいながら、配された季語〈夜の秋〉は穏やかだ。秋の気配を感じる晩夏の夜のことで、暑さは和らぎ、藪に奇妙な安らぎがもたらされる。〈荊棘〉の漢字の効果で、単なる人間批判を超え、人間と草木が暗闇の中で交じり合うような不思議な読後感がある。

 本句集は、生物が生きるがゆ…

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